[TRPG論考]ゲーム性・再考
僕らは、特定のコンシューマのRPGに対して「ゲーム性が高い」という評価を下したりする。
しかし、例えば馬場秀和氏は、コンピュータゲームの多くは「ゲーム」でなく「パズル」であると評価する。
つまり、氏の言う「ゲーム」の定義は、僕らの考える「ゲーム」と少しずれている、ということだ。
では、僕らの言う「ゲーム性が高い」とはどういうことなのだろうか?
1つ、結論を出してみた。
プレイヤーがどのような戦術を取ろうが、ほぼ自動的に「勝たされる」ゲームは、「ゲーム性が低い」。
逆に、プレイヤーが「負ける」可能性が十分にある(そしてもちろん、勝つ可能性も十分にある)ゲームは、「ゲーム性が高い」。
どうだろう?
これはもちろんゲームの「難易度」と直結する話でもあるのだが、それ以前にTRPGであれば、GMの恣意がどれだけ介入するかということにも大きく関わってくると思う。
例えば、どんなに敵を強く設定しても、GMが最終的に「なんとかPCを勝たせよう」と水面下で色々工作を行なったならば、それはゲーム性を希薄にする要素となる。
要するに、接待麻雀をされて楽しいかどうか、ということ。
いや無論、それを楽しいと思う人もいるから、接待麻雀なんてものが世の中に存在するわけですがね。
そして僕も実は、「接待TRPGを受けるなんて真っ平御免だね!」なんて手放しで言うわけでもない(笑)
つまり、ただ、ゲーム性とはそういうことなんじゃないか、というだけの話。
それが良いか悪いかの評価をここで下すつもりはないので悪しからず。
もちろん、ほかにも「ゲーム性」なるものを構築する要素はたくさんある。
例えば、負ける可能性が十分にあったとしても、その勝敗がほとんど運だけで決まるのであれば、そのゲームに高いゲーム性を感じるプレイヤーは少ないだろう。
また、TRPGであれば、「プレイヤーの持つ情報の少なさ」が、ゲーム性を著しく失わせるケースは非常に多いように思う。
戦闘ならば、敵の戦力情報をほぼ完全に与えてしまうぐらいでもちょうどいいのではないか、というのが今の僕の考えだ。つまり、ソードワールド2.0や迷宮キングダムの選んだ道は偉大だと思う。
ほかにも諸々、「ゲーム性」を構築する要素はあるだろう。
まあ、1つの思いつきです。

