世界樹とエルミナージュ
なるほど、言い得て妙だ。
世界樹がそもそも、万人受けするゲームではないと言われている。
しかしエルミナージュをやっていると、世界樹もまだまだぬるいなと思えてくる。
「ぬるい」というのは、ゲームバランスの話ではない。
ゲームの難易度で言えば、どちらも似たり寄ったり、かな?
じゃあどこが、と言えば、プレイヤーに対する突き放しっぷりがだ。
世界樹は何だかんだで、デザイナーに良く管理されたゲームだと思う。
ひどい仕掛けや敵の強さに驚かされることはあれ、理不尽さ、不愉快さを感じることはあまりないように、注意深く作られている気がする。
一方エルミナージュはと言えば、基本「投げっぱなし」スタイルのように見える。
デザイナーに、およそゲームを管理するつもりがない。
舞台は用意したから好きに遊んでよって言われる。
管理されるゲームに飽き飽きな人にはお勧めだ。
んでまあ、だからもうなんか色々とメチャメチャなことが起きる。
ゲームがプレイヤーに合わせるんじゃなくて、プレイヤーがゲームに合わせないといけない。
……こう書くと当たり前のことのようだが、今のクレーム上等不満発露主義社会に生きる日本人ゲーマーたちは、そんな当たり前のことも忘れているんじゃないだろうか。
曰く、「このゲームはここが良くない」「改善するべき」。
ああ、自分で言っていて耳が痛い。
そのゲームをありのままの姿で受け入れようとする姿勢を、僕らはどこに投げ捨ててきたんだろうか。
というわけで、イルドラハ寺院には今日も多額の寄付が寄せられます。
死体を量産するうちのパーティから。
坊主丸儲け。
シスター・ミゼは溜息をこぼしながら、お金で買えない幸せについて考察し始めている頃かもしれません。

