[TRPG論考]何故TRPGシステムには独自性が必要なのか
今日もふとそんな話が出て、その後いろいろと考えてしまいました。
何故「そのシステムじゃなきゃできないこと」が必要なのか?
コンシューマのRPGであれば、そういった独自性のない「後追い」のゲームなど有象無象出ていて、中には成功しているものもあると思います。
それと比べて何故TRPGシステムはそれではダメなのか、と考えれば、おそらくは遊べるまでのコストの問題でしょう。
CRPGならばちょっと近所の店まで出かけて5000円ぐらい出してソフトを買ってくれば、あとは本体に差し込んで電源を入れて遊ぶだけです。
金銭的コストはともかく、労力的なコストはほぼゼロです。
対してTRPGの場合、買ったルールブックを読み込んで、しかも新しいゲームをやる場合は大抵のケース、一緒に遊ぶプレイヤーもルールを知らないので、それを不備なく適確に手順よく説明できるぐらいにしっかり読み込まなければなりません。
またストレスなく遊んでもらうために各種資料を用意する必要がある場合もあるでしょう。
ルール説明そのものにプレイ時間を食い、初めてのゲームということでも余計にプレイ時間を食うことになります。
プレイヤー側も、短い時間でルールを把握しなければならないため、慣れたゲームを遊ぶよりも精神的なストレスが大きくなるはずです。
ぶっちゃけ、新しいTRPGシステムを遊ぶのは、すごく「メンドクサイ」のです。
だから遊び手は、そのメンドクサさに見合うだけのゲームを求める、ということなのだと思います。
新しいCRPGを遊ぶのと比べて、新しいTRPGを遊ぶのはハードルが高いので、「そのシステムじゃなきゃできないこと」がないと、とても遊んでみる気にならない、ということでしょう。
ただ、一般に「そのシステムじゃなきゃできないこと」というと、どうもシステムや世界観の「大枠的なもの」をイメージする人が多いと思うのですが、これは必ずしも、そうでなければならないということはないと思います。
要は遊び手が、その高いハードルを越えてまで遊びたいと思う「何か」があればいいわけで、その「何か」は必ずしも大枠とは限らず、むしろプレイヤーによって重視する部分は変わってくるはずです。
例えば僕の場合であれば、システムの大枠の斬新さは重視しませんし、世界観という名のテクスチャもそんなに気にしない傾向にあるように思います。
それよりも、どちらかと言えば細部の数値バランスであるとか、世界の「質感」のようなものを感じられるシステムになっているかとか、そういうことのほうがよっぽど、遊びたいと思う動機に繋がります。
その辺のしっかりしていない(好みに合わない)システムは、もうルールブックを読んですぐに興味を失います。読み物として読んだら、お疲れ様、終了です。
または、ある友人は、そのシステムに触れることで新たに「こういうキャラクター作ってみたいな」とインスピレーションできるようなシステムは、遊んでみたいと思えるシステムだと言っていました。
この場合、そのゲームで選べる種族やクラスといった諸要素の斬新さ、あるいはその作りこみの具合やリアリティ、ロマン性などが重要になってくるでしょう。
よくよく考えてみれば、どんなシステムであれ、「そのシステムじゃなきゃできないこと」が存在しないシステムなんて、およそ存在しえません。
複数のゲームからまるっきりコピー&ペーストしてゲームを作ったって、それらの要素の組み合わせによって「そのシステムじゃなきゃできないこと」は、いくらも発生するはずです。
要はそれらが、世の中に幾多いる様々なタイプのプレイヤーたちの琴線に触れることができるものであるかどうか、ということなのだと思います。
ところでこの考察、そもそもが片手落ちです。
「ルールブックを購入してから遊ぶまで」の話を前提にしており、「ルールブックを購入する動機」についての考察が抜けています。
が、売る話になると、例えば同人ゲームなら「売らない(無料配布する)場合はどうなのか」など、また少々違う視点が必要になってくると思うので、ここでは避けたいと思います。
そこは得意分野じゃないしね。

