[TRPG論考]疑似体験型TRPG
この辺のふる~い議論を読んで、もやもやと抱えていたものがすっきりしました。
2000年ですってよ、2000年。もう10年も前にされた話だよ。
さて、まずTRPGの種類を2種類に分類します。
1つは「ヒロイックRPG」。これは「セッション運営型ルール」とも表現されています。現在の日本産のTRPGシステムや、そのプレイング形式の主流だと思われます。
もう1つは「疑似体験型RPG」。これは「世界再現型ルール」とも表現されています。どちらかと言えば米国産のTRPGや、日本産でも古い作品はこの傾向が強いと思われます。
ヒロイック型RPGは、現在日本の多くのプレイヤーが「あるべきTRPG像」だと考えているもので、ほぼ間違いないと思います。
メタ思考を利用した、セッション運営の成功を重視するタイプのゲームスタイルです。
一方の疑似体験型RPGは、上のリンク先の3つ目の発言(佐伯 夕さん / 2000年07月18日01時13分)の表現が分かりやすいと思います。
で、面白いと思ったのが、6つ目の発言(ENTさん / 2000年07月18日04時42分)。
>|ヒロイックなRPG≒プレイヤーがシナリオをコントロールできるRPG
>|プレイヤーがシナリオをコントロールできるRPG⊂物語を前提としたルールを持つRPG
>なるほど、してみるとヒーローポイントがあるRPGは成功失敗/成功段階をプレイヤーがコントロールできるという時点でヒロイックRPGということになるでしょうか?
これは真を突いた面白い質問だなと。
これには「ヒーローポイントを使うのが、キャラクターでなく、プレイヤーである」のであれば、ヒロイックRPG(セッション運営型RPG)である、という回答が妥当だと思います。
「キャラクターにできないことは、プレイヤーにもできない。プレイヤーがその世界に介在できるのは、自身のキャラクターを介してのみである」
これが疑似体験型RPG(世界再現型RPG)の基本原則でしょう。
(基本原則はあくまで基本原則であって、必要性に応じて例外処理はもちろんあるでしょうが、それはさておき)
ですから例えば、このタイプのTRPGセッションでは、いわゆる「演出」と呼ばれるプレイヤーの行為は、本来プレイヤーには認められていない行為ということになります。
あるいは水着ショップでおばちゃんを1人増やしてその発言内容まで決める、なんて行為も許可されないわけです。括弧笑い。
「そんなアレも駄目、コレも駄目で何が楽しいんよ?」と思う方も多いと思います。
ですが、アレもコレも何でも自由にできるほうが、楽しいゲームになるとは限りません。
できる行動を制限されることによって、初めて生まれてくる楽しさというものもあります。
その最たるものが「疑似体験性」で、キャラクターにできることしかできないからこそ(そのようにプレイヤーが意識しているからこそ)、キャラクター視点で世界と、そこに生まれた「物語」を擬似体験し、楽しむことができる──という部分はあると思うわけです。
もちろん、ヒロイックRPG(セッション運営型RPG)にも良さはあります。
それはわざわざ僕の口から言わなくてもみんな分かっていることだと思うので省きますが。
どちらにもそれなりの良さがあり、それゆえに、どちらも一定の支持層を得ていると考えるべきでしょう。
というわけでまあ、疑似体験型のRPGやりてぇなぁと思ったりした話。
いや、突発的にやりたいというか、多分そこが僕のホームグラウンドなんですが。
ガンドッグでもやるかなぁ……

