「よし来た、待ってたぜ。何でか知らねぇが、前のがやたら評判が良かったみたいでな。先方から『シルバーハンマーは参加しないのか』って具合でよ」
鋼の棘魚亭のオヤジさんは、いつもの陽気なノリでそう返した。
酒場のクエストの中に、「2レベル以上の聖騎士」を条件としている大公宮からの依頼があったから、レミィが行ってくれるという話になり、オヤジさんにその旨を伝えたところの話だ。
「前の…っていうと、姉さんたちのパーティのときの話ですか」
「おうよ。そんときは2レベル以上のソードマンってのが条件だったんだがな。引き受けたミシェルってのが、これまたトンでもねぇ女でよぉ」
オヤジさんはガハハと笑い、
「見習いの兵士たちに剣を教えてくれって依頼だったんだが、自分は斧の扱い方しか知らないとか言って、ばっちり斧の扱い方を教えてきちまった。こちとらお偉方から何言われるか恐々としてたんだが…」
「何故か逆に評判がよかった、というわけですか」
オヤジさんの言葉を受けて、レミィが緊張した面持ちで言う。
「そうすると、私の前任となるそのソードマンは、そのマイナスを補って余りあるほどの優れた人物だったということでしょうか。私などが後任を勤めてしまって、折角のシルバーハンマーの評判を落とさなければよいのですが…」
それを聞くとオヤジさんはまたガハハと笑い、
「難しく考えすぎだぜ、嬢ちゃん。もっと気楽に行ってきてくれていいさ。お前さんなら、ミシェルと違って、送り出すこっちも安心だ」
「うん、それは僕も同意。レミィなら絶対大丈夫、僕が保証する」
僕がそう言うと、レミィは少し照れた様子で
「そ、そうか。…うむ、では、行ってくる」
と、オヤジさんに連れられ、足早に酒場を出て行くのだった。
……ありゃりゃ、右手と右足が同時に前に出てる。
ガチガチに緊張してるなアレは……自分で絶対大丈夫と言っておいて何だけど、ちょっと心配になってきた…
と、突然、
「ずるーい、レミィばっか」
「そうじゃそうじゃ、不公平じゃの」
わぁっ! …びっくりしたぁ。
レミィを見送る僕の後ろから、突然、パメラとラフィニアが不満げな声をかけてきたのだ。
「ず、ずるいって、何が?」
「さて、何がでしょう? 当てたら教えたげる♪」
「そんな無茶苦茶な!?」
「無茶苦茶ではない。ウィルが微妙に揺れ動く乙女心を、まるで理解しておらんのが悪い」
むぅ、そんなこと言われても…
セトはセトで、後ろでスモークサーモンなんかつまみながら、
「くっくっく、お前ら見てると飽きないな本当」
とか言ってるし。
あ、ダメだ、この包囲網は破れない気がする…
レミィとオヤジさんが戻ってきたときには、僕は棘魚亭の隅っこで、なんだかとても小さくなっていた。
「あ、レミィ、どうだった?」
助け舟が来た、とばかりにレミィのほうに向かう僕。
「うむ、街の外に出没するモンスターを退治に行くという任務だった。私は…聖騎士としての責務は、どうにか果たせたと思う」
レミィが言う。
すると、横にいたオヤジさんが、
「はっはっ、よく言うぜ。こいつ1人で仲間は守るわ敵はなぎ倒すわ、獅子奮迅の活躍だったらしいぜ。仕舞いには、結構な高給と地位を約束するから大公宮で勤めないかってスカウトされちまったぐらいだ」
ええっ!?
それは困る。レミィがいなくなるなんて、そんなことになったら…
「オヤジ殿!? その話は…!」
「いいじゃねぇか。断ったんだろ?」
「それは、そうですが…」
ほっ、なんだ、そうなのか…
「でも、どうして断ったの? そりゃ、レミィに残ってもらえたら僕たちは嬉しいけど、冒険者をやるのなんかより、そっちのほうがよっぽど境遇はいいと思うんだけど。それに、レミィだったら、公宮勤めでも十分やっていけると思うし…」
僕がそう聞くと、レミィは慌てた様子で、
「い、いや、それは……その……ウィルたちと一緒に冒険をするほうが、私のやりたいことだったから、というのでは駄目か…?」
最後はもう何か消え入りそうな声で言う。
うわ、なんだろう、それは……嬉しいというか、光栄な話だなぁ。
あるいはこう見えて、レミィは意外に好奇心や冒険心が強いということなのかもしれないけど、でも、
「そっか、ありがとうレミィ。これからもよろしくね」
僕はグローブを外し、手を差し出した。
僕たちと一緒に冒険を続けることを選んでくれたレミィに、感謝の気持ちをこめて。
「う、うむ。改めて、よろしく頼む」
レミィもガントレットを外して、僕の手をとり、握手をしてくれた。
ちなみにその後、何故か僕はまた、パメラとラフィニアから責められることになった。
むぅ、納得いかないぞ。何故なんだ…