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Stray thoughts

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随想。あるいは道に迷った思考。

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 あるいはハンターズムーンをべた褒めすること。


 当初のD&Dにおいて、ヒットポイントとは「段階的ダメージ」を表すものであった。
 あなたにオークのショートソードが命中したとき、「あなたは死んだ」と「あなたは死ななかった」という結果以外に、「あなたは死ななかったが、生命の危機に繋がる重大な負傷を負い、一歩死に近付いた」という状態を表現するために、ヒットポイントという値が用いられたのである。

 この段階的ダメージは、基本的には、そのゲームの間、保存された。
 1レベルのクレリックは、ヒットポイントを回復する魔法「キュア・ライト・ウーンズ」を使用することはできず、2レベルになるとようやく、1日に1回だけ、その強力な呪文を使い1d6+1点のヒットポイントを回復することができるようになった。
 (なお、キャラクターのレベルを1上げるためには、2~5回の冒険を行なうことが適切であるとされた)

 現代のRPGにも、このヒットポイントというシステムは受け継がれている。
 しかし基本的には、その段階的ダメージが、戦闘を越えて保存されることはなくなった。
 潤沢で強力な回復魔法によって、減少したヒットポイントはすぐさま、満タンまで補充されることとなる。
 (1回のセッション、あるいは1回のダンジョン探索を全体として見たとき)ヒットポイントはもはや、段階的ダメージを表現するための値ではなくなったのだ。
 
 したがって、例えば「罠」である。
 初期のD&Dであれば、古典的な罠──クロスボウ・ボルトやローリングストーン、槍ぶすま、爆発、頭上から酸が降ってくるなど──にかかってヒットポイントが減少すれば、それは段階的ダメージとして機能した。
 ところが上記したロジックの変化により、これらの古典的な罠は、もはや段階的ダメージを与える脅威ではなくなってしまった。
 古典的な罠はあらかた「役立たず」になってしまったのである。
 それらが役に立つとすれば、それは「テーマパークのアトラクションのようなもの」としてであろう。

 ちなみに、強いて言うならば、「MP」の減少が現代のTRPGにおける段階的ダメージだと言えなくもない。
 しかしながら、色々な理由から、これは段階的ダメージとして機能していないことが多いように思う。
 (というか、デザイナーが「そういうもの」としてデザインしていないんだろう)
 例えば、アリアンロッドの高レベルセッションにおいては、(まあGMのスタンスもあるが)MPポーションをしこたま買い込んでおくことで、ミドルフェイズの戦闘でのMPの減少を「なかったこと」にできる。
 
 また、MPの減少を「死に一歩近付いた」とするのは、直感的にイメージしづらいという欠点がある。
 ヒットポイントが激減している状態は、キャラクターが大怪我をしていて今にも死んでしまいそうな状態として直感的にイメージしやすいが、MPが減少している状態が死に直結するというのは、どうにもイメージしづらい。
 これはおそらく、想像力の遊びとしてはクリティカルな問題点だ。


 さて、最近遊んだTRPGの中で、この「段階的ダメージ」を巧く表現できているなぁと思ったシステムとして、『ハンターズムーン』があげられる。
 クライマックス以外の戦闘で与えた、及び与えられたダメージ(部位の欠損)が、クライマックスの戦闘まで持続する。
 これにより、クライマックス以外の戦闘にも真剣みを付与し、セッション全体をゲームとして機能させることに成功していたように思う。

 また、下手な部位が欠損すると、プレイヤーは実に見事に「何もできない」感を味わうことになる。
 これがまた瀕死の重傷を負っている様を体験しているようで、疑似体験的な意味で実に面白い。
 (まあ、疑似体験性よりもゲーム性を大事にする場合、この点はゲームとして致命的な欠点でもあるのだが)

 というわけでハンターズムーンには、欠損した部位を回復するアイテムやスキルなどは、絶対に実装しないでほしいと思う。
 他のプレイヤーキャラクターの部位を移植するアイテムとかスキルぐらいならむしろ大歓迎だが( ̄ー ̄)
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by ikapon24 | 2010-09-29 14:37 | TRPG論考
 エルミナージュ(Wizardry)では、敵を全滅させると、戦闘終了後に宝箱が現れる(ことがある)。
 アリアンロッドやソードワールド2.0で、ドロップ品/戦利品の代わりにこのシステムを導入したら面白いんじゃないかと思う。
 ドロップ品/戦利品がありなら、宝箱がドロップするのもありだろう。

 これ、何が良いかって、盗賊能力が活躍する機会が保証されること。
 ハック&スラッシュのセッションだろうと、物語重視でダンジョンに潜らないセッションだろうと、戦闘があるセッションである限り、宝箱(=罠)と遭遇する。

 ソードワールド2.0では元々、先制判定の存在によりスカウトの必要性は保証されているけど、器用度と知力の出番もあれば、もあべた~。
 アリアンロッドにおいては、シーフがただの軽戦士でなく、シーフらしい役割を果たす機会がシステム的に保証されるようになる。
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by ikapon24 | 2010-09-28 13:39 | TRPG論考
 1回のセッションでプレイヤーキャラクターが死亡する確率は、どの程度であるべきだろうか。
 システムはソードワールド、あるいは同2.0を想定する。

 また、この確率は「あるキャラクターが死亡する確率」とする。
 例えばここで言う死亡率が10%であれば、5人パーティのとき、そのセッションで「誰か1人でも死者が出る確率」は、(大雑把に言って)10%×5人=50%となる。

 以下、理論ほとんどなし、自分のフィーリングだけで見ていく。

 0%。
 まあそう答えるGMもいるだろうが、多分そのGMはソードワールドRPGに死亡判定なるシステムが存在していることや、罠や魔法のダメージにクリティカルが発生するというシステム自体を否定的に捉えているだろう。
 その派閥は置いておく。
 
 50%。
 そう答えるGMは……きっと滅多にいない。
 FEAR社の関根GMはこのぐらい言ってのけるかもしれないが。
 一般的にはあまりにも高すぎる。

 10%。
 やはり高すぎる。
 1セッション終わった頃には、半々の確率で誰か1人ぐらいは死んでいることになる。
 お金さえ支払えばホイホイ蘇生が可能なゲームならば、このぐらいでもいいかもしれないが。

 5%。
 5人パーティだと25%の確率で1人の死人が出る計算。
 まだ高すぎる気もするが、キャンペーンの山場、大ボスとの最終決戦というような場面では、このぐらいの緊張感もアリかもしれない。
 
 2%。
 んー、まあ、こんなところだろうか。
 5人パーティ、5回のセッションからなるショートキャンペーンで、死人が1人出るか出ないかぐらいの確率は、このぐらいになる。
 が、キャンペーン初回のセッションで2%(5人パーティだと10%の確率で1人ぐらい死ぬ)は、少々死亡率が高すぎる気もする。
 セッションによって危険度に緩急をつけるならば、0.5%~5%ぐらいの間で考えればいいかもしれない。

 0.5%。
 だいたいこのあたりが下限だろうか。
 5人パーティで40回冒険をすると、誰か1人ぐらいは死人が出ている計算。
 ソードワールドというシステムを使い、冒険者という仕事をしているキャラクターならば、どんなにのほほんとしたセッションでも、このぐらいの危険度はあるとみなすべきかかもしれない。

 0.1%。
 ただ単に0.1%と言うと妥当かどうかの判断はちょっとつかないのだが、ここまで見てきた確率の具合から見るに、これではぬるま湯すぎるんだろうなぁという感じはする。


 と、試みに数字で見てみました。

 しかし初期から15Lvまで成長するようなキャンペーンを想定すると多分50回ぐらいセッションを繰り返す計算になると思うんだが、その間に2%×5人×50=500%で、5人のキャラクターが死ぬとパーティ総入れ替えになるなぁ。1人でも、最初から最後まで生き残っているキャラクターがいれば幸運。
 そう考えると、まだちょっと高すぎるのかなーという気がしないでもないでも……でもまあ、神様になるために試練ってと、そのぐらいかなぁ。
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by ikapon24 | 2010-09-27 15:49 | TRPG論考
 ・王子、力造さんのことさりげなく「あいつ」って呼んでた。仲いいんだろうなぁ。両社の関係に最近、萌えを感じる。

 ・ちょっ、くすりのマジョラムの作者何やってるwwwww よーしきくたけ先生、次のリプレイにプレイヤーとして呼んでくるんだお願いします。

 ・今回放送聴いてたらコスモマケドニアが読みたくなった。くっ、なかなか巧みじゃないかね……!

 ・「お前のデータキモイ」はきっと最高の褒め言葉。
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by ikapon24 | 2010-09-25 18:36 | 日常
 今日の笑っていいともに影響されたというわけではない、ということもないのだが、勤務後にしゃぶしゃぶ温野菜に行って、ひとりしゃぶしゃぶを敢行してまいりました。
 人と一緒にこういう店に行くと、色々と別なところに神経を使ってしまって自分のペースで食べられないので、一度ひとりで行ってみたかったのです。

 店に入るところから注文するところまで、不慣れ丸出しの質問を連打するのも、ひとりじゃなきゃできないことです。
 通路側にある加熱調整ボタンを、首をにゅっと突き出してじっと見て使い方を把握したりするのも、ひとりじゃなきゃできないことです。
 挙動不審な客だなぁ。

 今日頼んだのは、黒毛和牛一人前、豚ロース一人前、定番野菜盛り合わせ一人前。
 だしは普通の昆布だしと火鍋。

 ……いやぁ、自分のペースで進められるって、いい。
 心置きなく自分の好きなように鍋に入れて、自分の好きなように食べる。
 あれを試して、これを試して、非常に有意義な経験でした。

 今日形成された僕の中でのジャスティス。
 野菜は基本、火鍋に入れる。肉は昆布だし。 
 たれは基本ぽん酢。ごまダレはぽん酢に飽きた頃にたまに使えばいいかな程度。
 加熱は最初沸騰するまでは「強」で、その後は「中」と「中弱」を行ったり来たりするのが最良。
 ちぃ覚えた。

 ところで、肉は豚と牛を頼んだわけですが、食べて幸せになれたのは圧倒的に黒毛和牛でした。
 豚ロースのほうは、実にどうでもよかった。
 今度行ったら黒毛和牛一人前と、別の肉何か一人前頼もうと思います。
 そうして全肉制覇するまで……は、さすがにやらないかな(笑)

 ごちそうさま。(-人-)

 お酒も、つまみも、しめも頼まずに、肉、肉、野菜で1730円。
 さすがにこの手の店だから、これだけでもそれなりの値段にはなるけど、まあ、悪くないかな。

 うん、また行こう。
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by ikapon24 | 2010-09-25 01:08 | 日常
 エルミナージュや世界樹の迷宮といったゲームは、キャラクターを妄想して楽しむゲームだなぁと思う。
 そのキャラクターはどんな容姿をしていて、仲間たちとどんな風に喋って、どんな風に暮らしているのか。
 自分だけのキャラクターを妄想することは楽しいことだ。

 ところで、これがTRPGになると、「妄想」では良くないと言われることがある。
 TRPGは多人数で遊ぶゲームなのだから、自分の中だけで「妄想」しているのではなく、それを外に、つまり一緒に遊んでいるプレイヤーと「共有」したほうがいいじゃないかと言うのだ。

 なんと! 自分の妄想の中でのみ存在したキャラクターを、友人たちと共有できるというのだ。
 なんて素晴らしい、画期的な遊び方なんだろう!!

 しかし、自分が妄想しているキャラクターを、そのままの形で他のプレイヤーの脳に移植することはできない。
 自分の中にある漠然としたイメージを、言語化して、伝えないといけないのだ。

 ところが、あんまり細かなイメージを言語化して伝えようとしても、他者には伝わらないことが多い。
 そこには「言語」というツールの限界があり、また人の想像力の限界もある。

 一緒にTRPGをして遊ぶ以上、自分のキャラクターのイメージは、きちんと他のプレイヤーに伝わっていたほうが良い。
 キャラクターのイメージがきちんと他のプレイヤーに伝わっていれば、相手プレイヤーも、自身のキャラクターがあなたのキャラクターにどういう風に絡んだらいいのかイメージできるようになり、コミュニケーションが円滑になる。
 コミュニケーションが円滑になれば、あなたのキャラクターを表現する機会も増え(そして相手のキャラクターが表現される機会も増え)、みんなのキャラクターはよりよく共有されることとなる。
 素晴らしい。良いことずくめだ。

 そこでTRPG者は考える。
 自分のキャラクターを、ほかの人に、よりよく伝わるようにするにはどうしたらいいだろう?

 そのひとつの解が、「誰にでも分かりやすいキャラクターを作る」ことだ。
 典型的な、あるいはステレオタイプなキャラクターと言っても良い。
 典型的なタイプのキャラクターは、一言二言説明すれば、「ああ、ああいうキャラね」と、誰もが簡単に把握してくれる。

 逆に、他に類を見ないような突飛な、あるいは変則的なキャラクターというのは、他のプレイヤーからは把握しづらい。
 なぜなら、そんなキャラクター、誰も見たことがないからだ。
 誰も見たことのないようなキャラクターをイメージすることは、誰もが見たことのあるようなキャラクターをイメージすることよりも、格段に難しい。
 
 したがって、TRPGで使用するキャラクターは、誰も見たことのないような突飛で変則的なキャラクターよりも、誰もが見たことのあるような典型的でステレオタイプなキャラクターであったほうがいい。
 誰にも伝わらないような、自分の妄想の中でしか生きられないキャラクターに価値はない。
 そうだね?



 ……さて。
 一見正しそうなこの話、どこかでちょっとねじれている。

 この理論によれば、もう、TRPGにおいて自分だけのキャラクターを妄想することは、不適切なのだ。
 自分だけのキャラクターを妄想する楽しみを、TRPGの楽しみの起点にするプレイヤーにとっては、首を傾げるべきところなのだと思う。
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by ikapon24 | 2010-09-21 04:25 | TRPG論考
 エルミナージュWikiのよくある質問のところに「世界樹の迷宮シリーズと比べてどうですか?」という質問があって、それに対するアンサーは「3DダンジョンのRPGであるということ以外に特に共通点はありません」となっている。
 なるほど、言い得て妙だ。

 世界樹がそもそも、万人受けするゲームではないと言われている。
 しかしエルミナージュをやっていると、世界樹もまだまだぬるいなと思えてくる。

 「ぬるい」というのは、ゲームバランスの話ではない。
 ゲームの難易度で言えば、どちらも似たり寄ったり、かな?

 じゃあどこが、と言えば、プレイヤーに対する突き放しっぷりがだ。

 世界樹は何だかんだで、デザイナーに良く管理されたゲームだと思う。
 ひどい仕掛けや敵の強さに驚かされることはあれ、理不尽さ、不愉快さを感じることはあまりないように、注意深く作られている気がする。

 一方エルミナージュはと言えば、基本「投げっぱなし」スタイルのように見える。
 デザイナーに、およそゲームを管理するつもりがない。
 舞台は用意したから好きに遊んでよって言われる。
 管理されるゲームに飽き飽きな人にはお勧めだ。

 んでまあ、だからもうなんか色々とメチャメチャなことが起きる。
 ゲームがプレイヤーに合わせるんじゃなくて、プレイヤーがゲームに合わせないといけない。

 ……こう書くと当たり前のことのようだが、今のクレーム上等不満発露主義社会に生きる日本人ゲーマーたちは、そんな当たり前のことも忘れているんじゃないだろうか。
 曰く、「このゲームはここが良くない」「改善するべき」。
 ああ、自分で言っていて耳が痛い。
 そのゲームをありのままの姿で受け入れようとする姿勢を、僕らはどこに投げ捨ててきたんだろうか。 


 というわけで、イルドラハ寺院には今日も多額の寄付が寄せられます。
 死体を量産するうちのパーティから。
 坊主丸儲け。
 シスター・ミゼは溜息をこぼしながら、お金で買えない幸せについて考察し始めている頃かもしれません。
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by ikapon24 | 2010-09-18 14:10 | 日常
 最初のあまりの投げっぱなしっぷりに投げ出しそうになったけど、軌道に乗ってしまえば面白い。
 ダンジョンRPGのノウハウ的な意味で、いろいろと勉強になるなぁと思いながらプレイ。

 ・狩人じゃ微妙に満足できない、この盗賊が欲しくなるバランスは絶妙。狩人でも8割ぐらいは成功するんだが……ときどき、罠外せないと致命的だし。爆弾パネェ。
 ・一所懸命貯めたお金で新しい武器買ったら、アホほど強くなるのは素晴らしい。フランベルジュアホす。やっぱこれが金を貯めるってことだよな。
 ・初期の雑魚の攻撃のダメージが1とか2とかしか飛んでこないのは、随分優しくなったなぁ。1レベルのキャラクターでもHPも初期8は保証されるし、4レベルのキャラが初期登録されてるし。昔やったウィザードリィⅤはもっと無体だった記憶が。



 1つだけ覚えておきなさい。貴方のために世界があるんじゃないの。世界の中に貴方がいるのよ。

 超名言。ヒズベルト先生よく言った。
 説明書からして媚を売る気の更々無いこの感じ。強ぇなぁ。

 ……いや、むしろ古参のコアプレイヤーに対して媚を売っている行為なのかこれは?(笑)
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by ikapon24 | 2010-09-16 10:40 | 日常
 ミストキャッスルの超ネタバレです。
 これからやる可能性のある人は回れ右。








 ソードワールド2.0ミストキャッスル、セッションはもう4回目ぐらいかな?
 ずっとプレイヤー慢心のターンが続いた後に、6~7レベルパーティに13レベルのブラッドトロールと強制戦闘とかマジパネェ。
 その場の空気が一気に沸いた。沸騰した。

 こういうとき、ソードワールドの魔法使いは一芸名人じゃないから面白い。
 ルールブックの魔法リストに(当のプレイヤー以外もw)かじりついて、状況を一ミリでもより有利にする魔法はないか探して、「これだ!」って魔法を見つけたときはマジ爽快。

 こういうとき、ソードワールドの戦士は、自分のダイス目次第で状況が右にも左にも転がりうるから面白い。
 人事を尽くして天命を待つときのドキドキ感ったらない。

 やっぱ自分データッキーだなーと思う。
 データに強い人をデータッキーというんじゃない。データが楽しい人をデータッキーと呼ぶのだ!

 もしくはギャンブルに餓えてるのか?(笑)
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by ikapon24 | 2010-09-13 16:07 | TRPG論考
 数字好きの、数字好きによる、数字好きのための話。
 プレイヤーが非戦闘技能を取得するときのための指針だとか、GMがシナリオを作るときの参考になったりならなかったり踏んだり蹴ったり。

 前回の話で見たところ、初期作成のキャラクター(冒険者レベルの平均はだいたい2レベル)の、スカウト技能やセージ技能を使った判定の基準値は、だいたい「4」ぐらいであった。
 ルールブックⅠ~Ⅲに掲載されているサンプルキャラクターを見ても、これらの技能判定の基準値は9割方が3~5の範囲に収まり、平均は4程度となっている。

 ではレベルを一気に跳ね上げて、10レベルのキャラクターの場合はどうか。
 ルールブックⅢの10レベルサンプルキャラクターにはセージ技能を取得しているキャラクターが2人、同じくスカウトが2人いる。
 彼らの基準値を見ていくと、8~14、平均は11程度となっている。
 惜しい、「冒険者レベルの平均+2」という結論にまとめるには、1点低かった。

 まあ大雑把に見て、「冒険者レベルの平均+1~2程度」というのが、スカウト技能やセージ技能による一般行為判定の基準値の相場だと言ってよいだろう。
 ちなみに技能レベルだけで見れば、冒険者レベルの上昇よりもかなり低いペースでの上昇となっているのだが、能力値の上昇やマジックアイテムによる補強などで、その差がある程度カバーされたりしていて侮れなかったりする。

 さて、ルールブック付属の初期キャラクター用のシナリオでは、判定の最も一般的な目標値は「10」であった。
 これは初期キャラクターの基準値である「4」に対して、2d6で6以上を振れば成功する値である。
 では、10レベルキャラクター用のシナリオの目標値は、11+6=17程度なのだろうか。

 調べてみると、ルールブックⅢ付属の10レベルキャラクター用のシナリオでは、セージ技能やスカウト技能を使った行為判定の目標値は、12~22、平均は16程度であった。
 概ね予想通りの結果だが、2レベルキャラクター用のシナリオと比べると目標値の幅が広く取られているのが面白いところだ。
 これにより、10レベルという冒険者レベルと比べると一見役に立たなさそうな3レベルとか4レベルとかの微妙なスカウト技能やセージ技能も、それなりに役に立ちうるという状況が作られているわけだ。
 小賢し……いやいや、よくできてるよね、うん。

 なお、今回の話でレンジャーやバードやその他の非戦闘技能をディスっているのに深い意味はありません。
 まあ基本同じ話なので。
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by ikapon24 | 2010-09-03 02:00 | ソードワールド