ブログトップ

Stray thoughts

ikapon.exblog.jp

随想。あるいは道に迷った思考。

カテゴリ:TRPG論考( 103 )

 こんな面白いシナリオを考えたんだ。

■■■

 舞台は現代日本。
 PCたちはみな、何の特殊能力も持たない、ただの日本人。社会人でも良いし、高校生でも良いし、ニートでも良い。
 そんなPCたちはある日、莫大な金(100億円とか1兆円ぐらい)を発見すると同時に、現代社会の闇に潜む秘密結社の、重大な秘密を知ってしまう。
 秘密結社は、重大な秘密を知ってしまったPCたちの命を、ひっそりと消し去ろうとするだろう。

 PCたちは、この莫大な金を使って、何をしてもよい。

 なお、このセッションには既存のいかなるゲームシステムも使用しない。
 GMは自らの持つ常識を用いて、PCの行動の結果を判断すること。
 ただし、GMは必要であれば、1d6または2d6を用い、GMが設定した目標値以上の目が出たら成功するという上方ロールによる判定を指示しても良い。

■■■

 こんなの。
 『東のエデンRPG』と題しても良いのだけど、ノーブリスオブリージュを要求されてないからちょっと違う。

 さてこのシナリオ、一見面白そうなのだが(というかPLとしては是非やってみたいのだが)、このシナリオのGMをやれと言われたら僕は「お断りだ!」と言う。
 だってうまくマスタリングできる自信が微塵もないもの。
 このシナリオを適切に運営するには、GMの常識能力が、PL全員の常識能力をあらゆる面で上回っている必要性があると思う。

 で、まあそれでももし仮に僕がGMをやることになったとしたら、確信的に「それはおかしい」「間違っている」と断言できること以外に関しては、プレイヤーフレンドリー的な判断を連発することになるだろうと思う。
 一方で、それはどうなのかなーとも思う。
 強く主張したモン勝ちみたいな状態になるのは、PLとしてもGMとしても嫌いだ。口プロレスゲームの一番嫌なところ。
 だから、きちんとルールの制定されたゲームに寄るのだけど、一方でそれはルールの制定された範囲でしかゲームができないということで、発想の広がりが生み出す躍動的な面白さに欠けてしまう。

 まぁしかし、適切に運営できれば、絶対面白そうだと思うんだよね、この手のシナリオは。
 この辺、ジレンマよねぇ。
[PR]
by ikapon24 | 2011-06-09 15:55 | TRPG論考
 前にこんなことを書いてしまったので、いつか訂正を入れなきゃなぁと思っていたのです。

 TRPGリプレイの読み物としての物語と、TRPGセッションそのものの物語とは、その面白さについて考える際に、大きく性質が異なると思います。
 前者は小説、漫画、アニメ、ドラマなどを読んだり視聴したりするのと同様、受け手の立場に立って、その物語が面白いか面白くないかといった視点になります。

 これに対して後者は、どちらかと言えば、作り手としての楽しさが真っ先にあるように思います。
 小説家が小説を書く楽しさや、漫画家が漫画を描く楽しさと同種の、自分が表現したいモノを表現することによる満足感が、TRPGというエンターテイメントの根幹であり、もっとも魅力的な部分のひとつであるように感じられます。

 したがって──本当に極端な話をしてしまえば──TRPGの紡ぐ物語は、それを誰か余人が読んだり見たりしたときに「面白い!」と思えるものである必要性は、実はないわけです。
 作り手が楽しんでやれるかどうかということが一番の要件で、その要件を満たすために面白い物語を目指すという方法論はあるかもしれませんが、それは方法論のひとつであって、絶対要件ではありません。
 事実、TRPGを始めたての集団が紡ぐ物語は、それを物語として余人が享受したときに「面白い!」と思えるようなものであることはあまりないんじゃないかと思いますが、それでも、当のプレイヤーたちが楽しい時間を過ごせたのであれば、それはTRPGセッションとしては成功なわけです。

 この点、実はものすごい罠だと思います。
 ある程度TRPGに小慣れてきて、「面白い物語」に関して分析し始めちゃったりすると、この罠にド嵌りしかねません。
 より良い物語(『ハリウッド脚本術』流に言うなら「ドラマ」)を追求するあまり、プレイヤーたちの「作る楽しさ」を蔑ろにしてしまうという失敗です。
 典型的なものは「吟遊詩人GM」と揶揄されます。

 また、「物語」という言葉の曖昧さに翻弄されているケースも、ままあるように思います。
 「TRPGはみんなでひとつの物語を作り上げる遊びだ」という題目これ自体は非常にフレキシブルな概念で、おそらく誰にとってもそんなに間違っていないと思うのですが。
 これを自分の都合や思い込みでその内容を狭く解釈してしまったプレイヤーが、その題目を盾にして強い自己主張をすると、ちょっと面倒なことになるケースが多いように思います。
 (過去の自分はとりあえず棚に上げます)

 僕の知り合った20~30人ぐらいのTRPGプレイヤーを見ただけでも、各プレイヤーそれぞれ実に多様なスタンスを持っていて、当然、物語に関する価値観も人それぞれです。
 「みんなでひとつの物語を」と言っても、全員がひとつの理想的な完成図を共有し、ひとつの理想的な物語に収束していくようにキャラクターを動かす必要は、必ずしもありません。
 各プレイヤー各キャラクターが思い思いに統一性なく動いた結果、混沌として見栄えの悪い筋道の荒れたお話になっても、みんなでひとつの物語を作ったことにはなるのです。

 見栄えの良い物語を作ろうとすれば、ある種の「型」に、プレイヤーあるいはキャラクターを「嵌め込む」必要が出てきますが、この「型」が狭すぎれば、プレイヤーやキャラクターにとっては窮屈で、自分の表現したいモノを表現できなくなる可能性が高くなります。
 もちろん、自由すぎるプレイヤーやキャラクターというのも問題にはなりますが、こうした「型」の自由度の大きさはどの程度が適切なのか、一考の価値はあるんじゃないかなと思いました。

 おしまい。
[PR]
by ikapon24 | 2011-04-29 03:27 | TRPG論考
 とある場所で、「TRPGリプレイは『物語』が面白くないとダメ!」みたいな意見を目にした。
 これを見て、僕は首を傾げた。
 僕もTRPGリプレイは、それほどのヘビーユーザーではないにせよ100冊ぐらいは読んでいると思うが、『物語』として面白いTRPGリプレイというと、ほぼ思い浮かばなかったからだ。
 (強いて言うなら、去年読んだ『くいっくすたーと』のリプレイが、若干琴線に触れてきたことぐらいだろうか)
 もっと厳密に言うと、これらは「僕が面白いと思う『物語』ではない」となる。

 「TRPGは参加者全員でひとつの物語を作り上げるゲームだ」という考え方は古くからあるのだが、一方で、TRPGの紡ぐ物語は、非常に独特だと思う。
 何と比べて独特かと言えば、小説や漫画、アニメや映画などの他メディアの物語と比べて、独特だ。

 これら他メディアの物語は、通常、その物語を「面白くするため」あるいは「面白く見せるため」に、様々な狙いをもって、様々な技法を駆使して作られる。
 読み手や視聴者の感じ方、受け取り方などを意識し、高度に計算された結果としてはじき出されるのが、これらのメディアの「面白い物語」だろう。
 例えば、クライマックスのあるシーンを盛り上げるために、それよりも前のタイミングで予めこういうシーンを演出しておこう、というような考え方で作られるわけだ。

 しかし、TRPGの場合はそうはいかない。
 なぜなら、TRPGの特色である即興性や、雑多な考えが混ざり合ってできる統一性のなさなどのTRPG独特の諸要素が、これらの「面白い物語」を作るための方法論と、大幅に矛盾することがあるからだ。

 GMが、他メディアで行なわれるのと同じ方法で「面白い物語」を作ろうとしたら、そのセッションは高確率で失敗するだろう。
 (読者や観客の視点で)面白い物語を作るためには、物語の主人公であるところのPCの行動は、「このキャラクターがいつどこでどういう風な行動を取り、どういう風な発言をすると面白い物語が出来上がるか」という視点に沿って、必然的に決定されなければならないことになる。
 そしてプレイヤーが、そういったことの考慮をせずにPCの行動を決定することは、NGとなってしまう。
 この時点で、一定程度のプレイヤーが拒否反応を示すことになるだろう。

 あるいは、そういったメタ視点、すなわち「面白い物語を作るためにはこのキャラクターはどう動いたら良いか」という視点から、PCの行動を決めるプレイヤーもいるかもしれない。
 例えば、FEAR系のハンドアウト型セッションにおける「PC①」というのは、そのような立ち回りが期待された立ち位置であることが多く、物語の展開に沿わない行動はNGとされるだろう。
 (そういう視点で動かすプレイヤーがいるかいないかというよりは、大抵のプレイヤーは、程度の違いこそあれ、みんなある程度はそういった視点を持っているというほうが妥当かもしれない)

 しかし、この場合もいくらかの問題が付いて回る。
 特に大きいのが、プレイヤーごとの「面白い物語」に関する認識の違いであろう。
 例えば、ハッピーエンド好きのプレイヤーと虚淵玄とが同卓したら、「面白い物語」に関する認識がまったく合わないことは想像に難くない。
 (いや、虚淵玄も、ハッピーエンドを引き立たせるために痛烈なアンハッピーが必要だ、ぐらいに思っているのかもしれないが)
 この場合、実際には、どちらかが自分の考える「面白い物語」について「妥協」をせざるを得なくなるだろう。

 一方、そのような恣意的な「面白い物語」を作ろうとしなかった場合でも、TRPGの紡ぐ『物語』にも、独特の面白さが出てくる場合があるように思う。
 ピンと来たのが富樫義博へのインタビューを見たときで、「そいつがちゃんと生きてて自分で判断して」行動しているように見えるような物語を自然に作れるという点は、TRPGが紡ぐ物語の大きな強みだと思う。(※注)
 こう考えると、なるほど、バブリーズが支持されたのも頷ける話だ。

 しかし一方で、「『物語』として面白い」TRPGを求めている人たちは、バブリーズのようなプレイは物語としては認めない傾向にあるんじゃないかなーという予感もしないでもない。

 そんなわけで、『物語』とは何とも曖昧な言葉であるなぁと思うのであった。


 ※注:誤解のないように付け加えておくと、そのような遊び方がTRPGにおいて常に正しいと言っているわけではない。遊ぶシステムやメンバーなどによっては、そのキャラクターが事態を改善するために全力で考えた判断を重視するよりも、ストーリー展開の空気を読んだメタ視点重視のプレイングをしたほうが楽しいセッションになる場合は、少なくともあると思う。なお、そのどちらを好むかによって、そのプレイヤーが好きなTRPGシステムは変わってくるだろう。
[PR]
by ikapon24 | 2011-03-06 16:40 | TRPG論考
 どうも世の中、「RPGは補助魔法が強いほうが面白い」という考えがわりと蔓延っているようで、その点について一家言あるので語ってみたいと思う。

 補助魔法が強いほうが面白い……うん、近いけど違う。
 攻撃魔法・補助魔法含め、状況に応じてどの魔法を使うのがもっとも有利になるかを考えるのが楽しいのだ。と思う。

 だから例えば、ある一つの補助魔法が異常に強くて、毎回毎回そればかりを使うのが有利になるようなバランスであれば、そのゲームは(その面だけ見れば)面白くない(さらにカタルシスもない分、ただダメージを与える魔法よりもさらにつまらないと言える)。
 逆にダメージを与える魔法だけでも、戦う相手や状況によって、ヒャドを使うべきか、それともギラを使うべきか、その判断に変化が出るバランスであれば、それは面白いのだ。


 ドラクエⅢにバイキルトという呪文がある。
 この呪文、かなり綱渡り的な方法で、絶妙なバランス調整をしているように思う。
 ご存知の通り、味方1人の通常攻撃のダメージを2倍する呪文なわけだが……

 ここで仮に、元々、戦士と魔法使いが与えるダメージが同程度だったとしよう。
 最強の攻撃魔法がメラミで単体に80点前後、戦士の通常攻撃でも80点前後のダメージを与えるような状況だ。
 このとき、もはや魔法使いには攻撃呪文を使う余地はほとんどなくなる。大抵どんな状況でも、バイキルトを使っておけば間違いないからだ。
 こうなると、魔法使いはただのバイキルト砲台になる(実際、ドラクエⅨの後半はそんな感じだった印象がある)
 この場合、魔法使いに用意された多彩な攻撃呪文は、全部選択肢から外れてしまう。
 これが「面白くない」バランスだ。

 これに対して、実際のドラクエⅢ(FC版ね)はというと、2つ前の記事で見たように、同レベル帯の戦士の攻撃の2倍程度の威力を持った攻撃呪文が使えるようになっている。
 (単体呪文に限らず、最新の呪文を適切に活用すれば、その程度の価値はある威力の攻撃魔法ばかりだ)
 するとどうなるか。
 バイキルトは、魔法使いが攻撃呪文を使った場合と比較すると、戦士が2回攻撃した段階で「元が取れる」強さということになる。
 1ターン目に少しでも早く大ダメージを与えて敵の数を減らしたいような状況では、バイキルトではなく単純にダメージを与える呪文を選択することになるだろう。
 そしてこのドラクエⅢというゲーム、実はボス戦の数は驚くほど少なく、ゲームのメインは通常戦闘なのだ。
 通常戦闘であれば、大抵の場合、「少しでも早く大ダメージを与えて敵の数を減らしたい状況」に相当する。
 そして後半のボスは「いてつくはどう」でバイキルト(やスクルト)の効果を潰しにかかってくる。

 これは、バイキルトという1つの中級呪文がでしゃばり過ぎずに、かつ引っ込みすぎない絶妙のバランスだと思う。
 そしてこのバランスは、戦士の攻撃の威力や、魔法使いの攻撃呪文の威力がちょっと──例えば50%ぐらい──動くだけで、本来の想定から大幅に狂ってしまう。何とも綱渡りな話だ。

 だから、例えば「補助魔法の効果を際立たせるために、攻撃魔法の威力は低めに抑えてある」なんてのは、バランス調整の仕方としては大変微妙だと思う。
 状況に応じて、どちらも脚光を浴びうるようなバランスが、一番いいのではないだろうか。

 ついでに言えば、TRPGの場合、「攻撃系魔法使い」というイメージのクラス(技能)ならば、8割方の状況でダメージ魔法を使用するのが有利になるようにバランスが組まれるべきだし。
 逆に「補助系魔法使い」というイメージのクラス(技能)ならば、8割方の状況で補助魔法を使用するのが有利になるようにバランスが組まれるべきだと思う。


 まあ、だからっつって、プレイヤーやるにもGMやるにもあんまり関係ない話なんだけどね(´∇`)
 ただの見解。
[PR]
by ikapon24 | 2010-12-21 15:06 | TRPG論考
 ……を、神バランスの大先輩、ドラクエⅢから学んでみたいと思いました。
 コンシューマとTRPGの壁は無視します(えー)
 まあ、ドラクエⅢの呪文は毎回の戦闘で連発できるようなものではない、ということは考慮に入れるべきでしょうか。
 あと戦士がパーティのマネーパワーを結集して素敵武器を装備している点も。


 まず単体攻撃呪文の威力です。
 ヒャドを覚える5レベルぐらいの頃──僕の場合はだいたいロマリアに向かう洞窟(いざないのどうくつ)の前あたりになることが多いですが──戦士の与えるダメージは、くさりがまを買っているかどうかなどによりますが、だいたい15点前後だと思います。
 ヒャドが30点前後のダメージなので、戦士の攻撃で与えるダメージのだいたい2倍です。

 メラミを覚える17レベルぐらいの頃──ダーマの塔周辺からジパングあたりでしょう──おおばさみを装備した戦士が与えるダメージは40点ぐらいでしょう。
 メラミが80点前後のダメージなので、戦士の攻撃で与えるダメージのだいたい2倍です。

 以上から、単体攻撃の場合、魔法使いの呪文が与えるダメージは、戦士の攻撃で与えるダメージの、およそ2倍程度に相当するのが妥当と判断できます。


 次、敵1グループに対する呪文の威力。

 ベギラマ 14レベル程度で取得 MP6 敵1グループに35点程度のダメージ
 メラミ 17レベル程度で取得 MP6 敵単体に80点程度のダメージ
 ヒャダルコ 20レベル程度で取得 MP6 敵1グループに45点程度のダメージ

 以上から、1グループにダメージを与える呪文が敵1体に与えるダメージは、単体にダメージを与える呪文の、およそ半分程度に相当するのが妥当と判断できます。


 最後、敵全体に対する呪文の威力。

 ヒャダルコ 20レベル程度で取得 MP6 敵1グループに45点程度のダメージ
 イオラ 23レベル程度で取得 MP9 敵全体に60点程度のダメージ
 ヒャダイン 26レベル程度で取得 MP9 敵全体に70点程度のダメージ
 ベギラゴン 29レベル程度で取得 MP12 敵全体に100点程度のダメージ

 ……あー、なんだろう、敵1グループとほとんど差が見えない気がします。
 強いて言うなら、敵1グループの呪文の90%程度のダメージでしょうか。


 ところでここまで書いてきておいて何ですが、こういった法則性みたいなものは、イオナズンぐらいになるとまったく通用しなくなるようです。
 メラゾーマは一応、36レベル戦士のダメージの2倍ぐらいにはなってそうなんだけどなー。後半になってくると、初期と比べて敵の出現数が減ってくるからかねぇ。

 にょろーん。(´・ω・`)
[PR]
by ikapon24 | 2010-12-16 14:02 | TRPG論考
 僕がTRPGのキャラクター作成そのものに、取り憑かれるほどの楽しさを感じたのは、ガープスが初めてだった。
 というか、僕が最初に触れたTRPGがガープス(ルナル)だったが、その後ソードワールドなどの別システムに触れても、ガープスほどにキャラクター作成に嵌れるシステムはなかった。
 当時、ポイント割り振り制で(ダイスを振らずに)キャラクター作成ができるゲームは、ガープスしかなかったのである。
 そして、次にキャラクター作成に嵌るシステムとなると、おそらくブレイドオブアルカナまで飛ぶことになる。

 普通に考えて、ポイント割り振り制のキャラクター作成の魅力は、乱数を使わずに比較的自分のイメージ通りのキャラクターが作れるところにあると言えるだろう。
 しかし、しかしだ。
 それだけではどうしても説明できない楽しさがある。

 それは「強さを追求する」楽しさだ。
 アリアンロッドでもソードワールド2.0でも、いわゆる「最強論争」は跡を絶たない。
 別にルールブックに最強を目指してほしいとか書いてあるわけでも、他のプレイヤーがそれを期待しているわけでもない(ある程度の「強さ」は期待されるだろうが、それ以上は要求されない)のに、多くのプレイヤーは自然と、自らの作るキャラクターに「強さ」を求めようとする。

 なぜなら、それが「楽しい」からだ。
 強いキャラを作ろうとして、ゲームシステムやデータに齧りつくことは、実に楽しい行為なのだ。

 僕はこれを「ゲームシステムを攻略する楽しみ」なのではないかなと考えた。

 普通「攻略」というと、主にコンシューマのゲームなどで、特定のステージ、ボス敵、ダンジョンなど、ある特定の「状況」や「相手」を想定した上で、それに対してどう有利に物事を進めていくかという行ない、それを指すことが多いと思う。
 しかしそれよりももっとジェネラルな、そのゲームシステム全般に通用する「攻略」も存在する。

 例えば、ファイナルファンタジーⅤをプレイしたことのあるプレイヤーなら、「まほうけん」「にとうりゅう」「みだれうち」の組み合わせが最強の一角であることを知っている。
 これはファイナルファンタジーⅤというゲーム内では、大抵どんな状況でも通用する最強の攻撃法で、個別の状況や相手を想定する必要のない「攻略」だ。
 強いて言うならば、これはファイナルファンタジーⅤという特定のゲームシステムを想定した「攻略」である。なぜならこの戦術は、ファイナルファンタジーⅣでもドラクエⅤでも通用しないからだ。

 これと同じ「攻略」が、TRPGのキャラクター作成、あるいは成長のときに行なわれていて、それがゲームの楽しさとして機能しているのではないかと思うのである。

 いじょ。
[PR]
by ikapon24 | 2010-12-15 14:05 | TRPG論考
 書いてみたら、過去にも書いたことの焼き直しっぽくなりましたけどー。
 とりあえずこちらのシーンを。

 圭一VSレナ(原作BGMVer)

 うん、うん。やっぱ原作BGMだよなぁ。
 彷徨いの言葉は天に導かれ、最高。
 惜しむらくはアニメ版のBGMが少し背景に残ってしまっていることだが、仕方ないよな。
 編集者グッジョブ!

 ……とか、そういう話はさておき。
 結局、TRPGも含めて、戦闘の楽しさって、

 「この緊張感、たまらねぇぜ。決着がつくことすら、興醒めするぐらいにな!」
 
 この台詞に集約されるんじゃないだろうか。

 物騒と言うか、ちょっと危ない人的な発言をすると──生身でこの動画みたいな喧嘩ができたら、そりゃあ楽しいだろうなと思う。
 でも実際にこんなことできないじゃない。

 でもTRPGならできる。
 自分の命の代わりに、自分が魂を吹き込んだキャラクターの命を張る。
 キャラクターに対する愛が強ければ強いほど、チップとしての価値は大きくなる。
 下手をすると、自分の中で、自分自身の命の価値すら越えるかもしれない。

 そんなキャラクターの命が、一歩間違えたら失われるかもしれないという、ひりつくような危機感。
 自分のどんな決断が、どんな結果に繋がるとも限らない緊張感。
 でも、そんな興奮を満足ゆくまで味わい続けていたいと思う、背徳的な欲求。

 すべてを満たしたTRPGの戦闘は、ある種、極上のエンタテイメントだと思う。
 ジェットコースターも、お化け屋敷も、バンジージャンプも適わないんじゃないだろうか。

 だから僕は、最善手を打てば勝てる(死なない)と直観レベルで確信できてしまう戦闘は、面白くないと思う。
 敵のデータを認識して、「……え、これヤバくね?」と直観するぐらいがいい。(「え、これ無理じゃね?」は行き過ぎ)
 さらに言うと、人間の演算能力では結果がどうなるか読みきれない程度の複雑な状況がいい。


 だけど難しいのは、このようなバランスを「お断りだ」とするプレイヤー層が、多分かなりの大多数いることだ。
 おそらくソードワールド2.0のルールブックⅠの付属シナリオのバランス(ルールブックⅡ以降を使用しないでプレイ)に対してどういう評価を下すかが、両者の分岐点になると思う。
 「無難」を取るならば難易度の低いほうに合わせるべき、となってしまうあたりが、我々の派閥にとっては厳しいところだ。

 でもそんなレベルの「つまらない戦闘」ばっかり経験していて、「戦闘なんてつまらない」と言っているプレイヤーがいたら、実に残念だなぁと思うのである。

 おしまい。
[PR]
by ikapon24 | 2010-12-13 03:31 | TRPG論考
 TRPGは、最終的にはGMがバランスを取るゲームです。
 したがって、システムレベルで「バランスが悪い」なんてことはありえません。
 もし実際に行なわれたセッションにおいてゲームバランスが悪いと思うようなことがあれば、それはGMのバランス調整ミスであって、ゲームシステムそのものに問題があると考えるのは誤りです。

 などという今更などうでもいい一般論を僕が嬉々として語るわけもなく。

 TRPGでも、システムレベルで「ゲームバランスが悪い」と思うことはあります。あるんです。
 じゃあ、その正体って一体何なんでしょう?ということを、ちろっと考えてみました。

 とりあえず、僕らがTRPGシステムについて「ここはゲームバランスが悪い」と思うのはどんなときか、というのを整理してみることにします。


a.味方-味方間のバランス
 例えばアリアンロッドで、戦士系に対して魔法使い系が「不遇」であるとする見方があります。
 この件に関しては異論もあるでしょうが、ここでは、仮にこれが実際に「不遇」だったとしましょう。
 つまり、同じ経験点(などの条件)でキャラクターを作ったら、どうしても魔法使い系のキャラクターのほうが総合的に見て「弱い」キャラクターになってしまう、とします。

 こういう状態を「バランスが悪い」とする見方は、あると思います。
 同じ条件でキャラクターを作ったら、一長一短はあってもいいけれど、総合的には同程度に役に立つキャラクターが作れるゲームシステムを望むのが人情かもしれません。
 まあ行き過ぎるとエンドブレイカーのようになるのですが。


b.GMがバランス調整に難儀する
 例えばアリアンロッドで、《プロテクション》と《サモンアラクネ》の両方を重ね掛けできるパーティは(特にキャラクターレベル10近辺だと)防御力過多になる傾向にあります。
 じゃあその防御力相手に脅威を与えられるぐらいのエネミーを出そうと考えると、今度はエネミーの敏捷が高すぎて、プレイヤーサイドの攻撃がまったく当たらなくなるという事態に陥ります。
 あっちを立てればこっちが立たずという状態。

 まあ、GMがいろいろと知恵を捻って頑張って頑張ってバランス調整すればどうにかなることが多いんですが……。
 そもそも、バランス調整にGMがそんなに苦心しなければならない状況が「バランスが悪い」です。
 もっといろんなエネミーやいろんな仕掛けが考えられるのに、そのバリエーションがひどく限られてしまいます。

 プレイヤーレベルで自重すればいいという説もありますが……。
 そうであったとしても、それがシステムのバランスが悪いことを否定する要素にはならないでしょう。


c.運ゲー
 例えばD&D(新和版)の1レベル。
 魔法使いが犬に噛まれたら死ぬというのはよく揶揄されるところですが、戦士でも、運が悪いとオークのショートソードの一撃で即死します。
 乱数の支配する部分が大きすぎることを、「バランスが悪い」と感じる人は多いと思います。


d.特定の攻撃が強すぎる
 例えば旧版ソードワールドのスリープクラウド達成値拡大10倍消費。
 あれを「バランスが悪い」と考える人は多いと思います。
 GMが対策を取れないわけじゃないですが……bの問題と重なる部分がありますね。

 例えば世界樹の迷宮SRSの《黄幡の呪言》。
 特定の攻撃が強すぎると、それ以外の要素で戦術をチマチマ考えているのがアホらしくなってきます。


e.攻撃の命中率が低すぎる
 例えばガープス第3版以前の、攻撃側のクリティカルか防御側のファンブルぐらいでしか攻撃が当たらない戦闘。 
 あるいはソードワールド2.0の初期ぐらいでも、攻撃が当たらなさ過ぎてPLにフラストレーションがたまる=バランスが良くないという見方をする人は、結構いるようです。


f.攻撃魔法のコストが重すぎる
 例えばソードワールド2.0の初期ソーサラーや、世界樹の迷宮SRSの初期アルケミスト。
 ダメージ魔法メインのキャラクターのつもりで作ったのに、満足にダメージ魔法を使えないととても哀れな感じになります。
 その分、威力が絶大とかならまだ分からないでもないけれど……。


g.支払うコストに対して有利すぎる選択
 例えばアリアンロッドで、転職のコストが成長点10点で済むのは安すぎる、バランスが悪いという意見が、わりと頻繁に見受けられます。
 一度、一線を踏み越えてしまえば気にならないのですが……。
 この辺は、キャラクターイメージとかの問題と絡んでくるようです。


 ……とまあ、ポンポンあげてみましたが、意外とありますね、システムレベルの「バランスが悪い」。
 まだまだ出てきそうですが、集約すると、「バランスが悪い」というのは、「ゲームを楽しく遊ぶにあたってマイナスになる要素」と考えることができそうです。

 当たり前と言えば当たり前の結論ですネ。
[PR]
by ikapon24 | 2010-12-06 00:50 | TRPG論考
 ・1・1をダブルトリガー2回分と換算すると、ダブルトリガー発生率は12/36。ダブルトリガーの発生回数の期待値は0.5回。

 ・ダブルトリガーを含めたダイス数の期待値は3個。

 ・ソードワールドのクリティカルシステムの無限上昇に似ているが、固定値が±0の位置にある(2.0よりは旧版SWの感覚に近い)のと、SWのクリティカル値に直すと8~9程度に相当する高クリティカル率仕様。また、ダブルトリガーが発生すると命中率が上がる特色。

 ・仮に最初からダイス数を1個追加して3d6を振れるようにすると、ダイス数の期待値は1.5倍になって4.5個。ダメージ(効果)期待値に直しても1.5倍だが、命中率が大幅にアップする効果も。

 ・仮に「2」の目でもダブルトリガーするようにすると、ダブルトリガー発生回数期待値は0.5回→2回に飛躍的上昇。振れるダイス数期待値は3個→6個に。ダイス数も同時に増やした場合、4.5個→9個とかなる。

 ・アリアンロッドでは、もの凄く大雑把に言うと、初期から1レベルアップすると攻撃力と防御力がそれぞれ1.5倍~2倍ぐらいにアップする感じ。エンドブレイカーでは、それぞれ10%ずつぐらいアップする。5~10レベルぐらい一気に成長すればアリアンロッドの成長感覚に追いつく予感。
 (10レベル→11レベル=1.1倍という数字感覚に合わせたか。そう考えるとアリアンロッドの1→2レベルで2倍というのも面白い視点)

 ・初期キャラクターの与ダメージ期待値は、防御判定を考慮しなければ、(70~110)÷5×3個=50~60ぐらい。

 ・防御判定するキャラクターの回避率は、必中などの効果がなければ、23%ぐらい。

 ・初期PCと同数のBR100の難敵は、1ラウンドで55点ずつダメージを与えて、45点(防御判定を考慮すれば35点)ずつダメージが返ってくる。2ラウンド目に撃沈。BR150の強敵は2ラウンドを使って3倍のダメージ(防御判定考慮して105点程度)を与えてくる。

 ・ボスのGUTSはPC1人の2倍程度。4~5人で3ラウンド殴り続ければ倒せる程度。

 ・ボスの期待与ダメージは70~90点程度(防御判定未考慮の値)。PC1人の1.5倍程度。

 ・初期キャラクターのGUTSは270程度。期待与ダメージ50~60点と比較すると、期待与ダメージ:1点=GUTS:5点に相当。
 (イベントや敵を倒すことによるGUTS上昇は、雑魚戦での被ダメージと相殺すると考える)

 ・あるダイス目のダメージが1点上がると、期待与ダメージは0.6点アップする。

 ・PTSが1点ずつ伸びると、アビリティの期待与ダメージが1.8~2.4アップし、GUTSが10伸びる。

 ・1レベルアップするとPTSが合計4点(4/3点ずつ)程度伸びる。

 ・1レベルアップすると、PTSの上昇により期待与ダメージが2点程度アップする。

 ・サイコロ3個(ダブルトリガーあり)で結果が3個の確率はおよそ58%、4個の確率は20%(4個以下は78%)
[PR]
by ikapon24 | 2010-11-08 02:31 | TRPG論考
 黄色い潜水艦でバルバロステイルズ、(実は持っていなかった)ハンターズムーン、エンドブレイカーの三冊を買ってきました。
 で、エンドブレイカーのルールブックをぱらぱらと眺めていたのですが……。

> エンドブレイカーとは「終焉を終焉させる者」の意。
> 他人の「瞳」を見ることで、数週間後に起こるであろう、相手の“エンディング”を見る能力を持っています。すべてのエンドブレイカーは例外なく、「不幸なエンディングを叩き潰したい」という強い意志を持っています。

 ……やっべ、戦慄した。
 完璧じゃん。
 この発想がどうして今まで出てこなかったんだろうってぐらい完璧じゃん。
 じゃんじゃん。

 GMが思いついた悲劇的な、救いのない、予定調和の、美しい物語。
 そんな予定調和の悲劇を「見せられ」たら、そりゃあ、そいつをぶち壊してやりたいと思うじゃないか!

 マッチ売りの少女は、悲劇でなければならなかった。
 その悲劇の物語を、読者に見てもらわなければならないからだ。

 でも、一度「見た」ら。
 もう壊しちゃってもいいんじゃね?
 その予定調和の物語全部叩き潰して、ハッピーエンドにしちゃえばいいんじゃね?

 ──そう、俺たちのこの、『エンドブレイカー』の力で!!


 ……とか、そんなノリのゲームでいいのかしら?(笑)

 理論だけなら最強に見える。
 遊んでみたらどうなんだろう。

 うーん、最近のSNEのゲームには、ワンアイディアの発想レベルで驚かされることが多いなぁ。
[PR]
by ikapon24 | 2010-10-17 19:08 | TRPG論考