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Stray thoughts

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随想。あるいは道に迷った思考。

[TRPG論考]回復魔法のエトセトラ

 以前にもこんなことを書いた気がするが、気にしたら負け。
 というわけで回復魔法のお話。

 別にアリアンロッドに始まった話ではないのだが、最近のファンタジーRPGはとにかく回復魔法が「安い」。
 どうもこれがファンタジーのお約束であるかのように思われている節があるような気がする(ガープスでも超能力と比べて魔法の治癒のほうが圧倒的に効率がいい)が、少なくとも原典(?)のD&D(1st)ではそうではなかった。

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 D&Dでは、1レベルのクレリックはそもそもキュアライトウーンズ(ワンズとか言うな?w)を使えない。
 クレリックが2レベルになって初めて、1レベル呪文を1回だけ使えるようになるのである。
 だからこそ、1発のキュアライトウーンズの価値は絶大だった。

 ちなみにその回復量はというと、2レベルファイターの最大HPの1/3程度。
 レベルが上がれば使用回数が増えるのだが、単発の威力は上がらず、また最大HPも上がっていくので、総量で見てほぼファイターの最大HPの1/2~1/4あたりを推移していく(ネームレベルになってHPが頭打ちし始めると、そうでもなくなるが)

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 対してアリアンロッド。
 初期の「護りの聖女」がMPをすべて《ヒール》に回すと、自前のMPだけで12回使用可能。総量にして168点のHPを回復する。
 これは「未来の英雄」の最大HPの約5倍をカウントする。

 異常である。

 なおこの異常さは、レベルアップすることによって更に加速していく。
 単発の回復量が最大HPと比例して(むしろそれ以上のスピードで)上昇していってしまう一方で、MPコストは変わらないため、MPリソースの上昇に合わせて使用回数が鬼のように増えていってしまうからだ。
 リインフォースの「癒しの風」が、この無駄なハイHPポーションを2本買わないでMPポーションを5本補充すれば、63回の《ヒール》が使えて、総量にして2835点のHPが回復する。
 これは「鋼の爪牙」の最大HPの約30倍に相当する。

 もはや意味が分からない数字である。
 この、ほぼ無尽蔵と言えるだけの《ヒール》の量は、《ヒール》を無価値化することに貢献していると思う。

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 なぜこんな「異常」が「普通」になってしまったのかは知らないが、おそらくはソードワールドが普及したあたりがスタートラインなのだろうか。
 ソードワールドの段階で、すでに今のアリアンロッドに近い異常な回復魔法が確保されていた。
 僕の感覚で言えば、あれの1レベルプリーストぐらいで、1回のセッションの回復リソースとしてはちょうどいいと思うのだが。
 試しに回復魔法を封印してソードワールドをやってみれば、その面白さが分かるはずだ。
 もちろんプリーストはお払い箱になるが。

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 そう、お払い箱。話は一変するが。
 回復魔法が弱すぎると回復役の存在価値がなくなるのではないか、という疑問が出てくると思う。

 ではD&Dのキュアライトウーンズは弱すぎて、クレリックは存在価値がないのか。
 そんなことはない。
 何故か。

 ターンアンデッド?
 あれは確かに色付けにはなっているが、あれだけでクレリックに存在価値が出るとも思えない。
 
 あのゲームのクレリックの偉大なところは、ファイターと比べてもさして遜色のない強力な戦士であるところにある。
 ……というかファイターが別段、特別な強さを持っていないだけなのだが。
 それに加えて回復魔法を使えるようになるから、クレリックは強力な戦術的ユニットなのである。

 これが、ソードワールドに移るときにクラススキル制になり、クレリックの主要な能力が「プリーストの回復能力」と「ファイターの戦闘能力」とに分断された。
 それもファイター(などの戦闘系の)技能を持っていないと、攻撃するだけほとんど無駄というぐらいまで、ファイター以外のキャラクターの戦闘能力を弱くしてしてしまった。
 このために「回復魔法が弱いと回復役の存在価値がない」という事態に陥った……のだと僕は妄想している。実際のところは知らないけど。
 まあ、ごくスタンダードなプリーストのデザインとしてファイター1&プリースト2、もしくはファイター2&プリースト1が取れるように、初期経験点をああいう風にセッティングしたんだろうなぁとは思うけれど。

 というわけで、僕の中での基本的なアコライト像は「護りの聖女」(アコライト/アコライト)ではなく、「神々の戦士」(アコライト/ウォーリア)です。よろしくお願いします。
 しかしキャラ性能で見ると、いまいちなぁ……アコライト/バードで《ジョイフル・ジョイフル》歌ってたほうが、スキル枠も使わないし、よっぽど建設的なあたりがナントモ。

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 ところで、MPリソースを少なめに絞ってプレイしてみると、回復役キャラクターのMPはどのように使われるだろうか。
 ここでもしすべてのMPを回復魔法にしか注がなくなるなら、そのゲームの回復魔法は、相対的に見て「強力すぎる」ことになる。

 D&Dのキュアライトウーンズは概ねそんな感じで、1レベル呪文の枠は9割方、キュアライトウーンズに使われることになる(と思う)。
 ところがこのゲームの面白いところは、呪文レベルごとに個別に使用回数が決められていることであって。
 だから1レベル枠はキュアライトウーンズにしか使われなくとも、2レベル呪文枠、3レベル呪文枠でそれ以外の呪文を使うことになるのである。
 この点、汎用で互換性のあるMPというリソースとは、異なる面白さがある。

 なお「真・ウィザードリィTRPG」は、この点の面白さをさらに突き詰めようとしたのか、同一レベルの呪文でも互換性がない、つまり各呪文ごとに使用回数が設定される(……だったような気がする。昔見た記憶で、いま手元にないから確認できないけど)。
 結果として山ほどの呪文を持つことになるのだが、ある呪文ばかりに頼りきりにならず、さまざまな呪文の有効活用を考えることになるので、とても面白そうな気はする。

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 では、回復魔法が強すぎると何故いけないか。
 無尽蔵に《ヒール》が使えても別にいいじゃない、そういうゲームなんだから。
 D&Dが普通で、アリアンロッドが異常だなんて誰が決めた。D&Dのほうが異常じゃないと何故言い切れる。
 そういう考えも真っ当であろう。

 これについては、アリアンロッドのMPリソース分析の最後でも軽く触れたが、回復魔法が希少であることがダンジョンシナリオが面白くなるための本質であるように思うからだ。
 ソードワールドやアリアンロッドは、ダンジョン探索のゲームという大枠において、D&Dのコピーをした作品であると言える。
 ところが、ダンジョン探索のゲームならダンジョン探索のゲームで、その面白さを演出する「ゲームシステムの本質部分」について弄ってしまうと、コピーされた作品は、見た目ほとんど変わらなくても、途端に面白くなくなってしまうもので。 
 僕は、D&Dというゲームの(ダンジョン探索のゲームの)面白さを支えている本質部分として「死と隣り合わせであること」と「回復が希少であること」は欠かせない要素であると思うのである。

 回復の希少性を失ってしまった結果、ソードワールドにダンジョン探索のゲームとしての楽しさはあまり見出されず、狙ったものかそうでないかはともかくとして、キャラクターゲームとしての楽しみ方がメインになったのだと思う。
 (もちろんそれだけが原因ではないだろうが)

 アリアンロッドに関して言えば、キャラクター作成と成長の要素による楽しみ方は大いに成功していると思うが、ダンジョン探索と冒険の楽しさについては、あまり表現できていないと思うところである。
 キャラクターゲーム的な楽しさとキャラクターの「死亡」という要素が相互に相容れない(場合が多い)だけに、この両立は難しいものではあるだが……。
 ぶっちゃけて言えば、アリアンロッドはダンジョン探索をメインとしたゲームとして書かれているが、そうである必要はない。
 成長の要素と、そのキャラクターを使うためのフィールドとしての「戦闘」があれば、それで十分なのだ。
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by ikapon24 | 2006-03-31 12:47 | TRPG論考