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Stray thoughts

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随想。あるいは道に迷った思考。

[物語論考]ハリウッド技法を批判してみる

 『ハリウッド脚本術』なる本を読んでおります。

 この本によると、良い脚本はドラマを描き、ドラマに関連する以外の一切のものを描かない。
 ドラマとは、人生の中の重要な出来事のひとつを抜き出し、その出来事と因果関係のある事象のみを、その出来事を最も魅力的に見せるために最適な順番で、恣意的に配列したものである。
 ドラマは人生ではない。人生は平凡である。

 ……とまあ、大体そんな感じの内容です。
 ところで、こういったハリウッド技法は、あらゆる物語作品(あるいはそれっぽいもの)に対して有効に機能する(大部分においてプラスの作用をもつ)、といった主張が、ネット上でもちらほら見受けられます。
 この主張に対して、僕は賛同半分、納得いかない半分といった感じだったりします。

 こういう技法は、別段ハリウッド映画に特有のものではなくて、例えば少年漫画などでも使われている技法で、無論、一定程度優れた手法だと思います。
 そして僕はその手の少年漫画が結構好きです。

 が、一方で、そういう「ドラマ一辺倒」の作品では、本質的に満足しきれない自分がいます。
 その作品の「世界」や「キャラクター」が、そのドラマのために存在しているという感じがするあたりが、どうにも好きでないのです。

 僕は多分、本質的には魅力的なドラマを見たいんじゃなくて、魅力的な世界やキャラクターを見たいのです。
 それらを退屈せずに見るために、ドラマを必要とする。
 逆に言うと、ドラマの存在意義は、その程度でいい。

 「いや、だからつまり世界やキャラクターを見るだけってのは退屈なんだろうw」と思うかもしれませんが、そうではなくて、どちらが主で、どちらが従と見るか、という問題です。
 ドラマが主で、世界やキャラクターが従なのか。
 世界やキャラクターが主で、ドラマが従なのか。

 ハリウッド脚本術にある技法は、間違いなく、ドラマが主で、その他の要素は従です。
 でも、そういう方向性を追求するばかりでは、他の面白いものの可能性を見失ってしまう気がします。

 少し前に週刊少年ジャンプでやっていた、『ヘタッピマンガ研究所R』で、トリコの島袋さんが、
 「映画にせよ漫画にせよ、結局観客は、魅力的なヤツ(キャラクター)を見に来てるんだよ」
 みたいなことを確か言っていて、これが未だに僕の印象に残っています。
 はっきり言って、こと「キャラクター」という分野に関してのみ見れば、日本のオタク産業は、ハリウッドの比ではないぐらいに、またハリウッドとはまったく異なる方向に進化しまくっている気がします。
 
 ……とまあ、こんな感じ方をする人、多分僕だけじゃないと思うんですが、いかがでしょう?
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by ikapon24 | 2010-07-09 02:56 | 日常